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フランスに来て4年 2001年版
2001年1月1日
明けましておめでとうございます!
フランス語ではMeilleurs Voeux(メイヤー ブー)フランスで2回目の年越しです。
あっという間に年も明け、21世紀になってしまいました。
いよいよ留学最後の年?です。21世紀を21才で迎えた加藤可奈子。(よく分からないつなぎ方ではあるが・・・)
張り切って頑張っていこうと思いますので、今年もどうぞよろしくお願いします。
2001年1月6日
可奈子さん、22歳になってしまいました。
大勢の人からプレゼントを頂いて可奈子は幸せ者です。でも自分が22歳になったなんて信じられへん。
2001年1月8日
冬休みも終わり、ラホッドに戻ってまいりました。寒い…雪がたくさん積もってる。
なんと今日から二人部屋や。17歳のジュリーという女の子と。
2001年1月12日
可奈子より2回前の第6回の全日本の優勝者の伊藤浩子さんがパリでコンサートをするから聞きに来ました。
ギターとウッドベースとの3人で1時間ぐらいのコンサートだったけど、なかなか良かったです。
始まる前に30分ほど話も出来て良かったです。現在はパリ郊外で住んでおられて、明後日の日曜日に家まで行くことになりました。
2001年1月14日
伊藤浩子さんの家に行って来ました。
2時間ぐらいおしゃべり、すごく感じの良い人です。
ケーキまで作ってくれて、帰りはアントニーまで車で送ってくれました。
2001年1月16日
今日から学校で模擬コンクールが始まりました。私は20点中17点という点数を貰いました。
まあまあかな。本番まであと4日、気合を入れます。
2001年1月17日
ジュリーとの同居も慣れて来たこの頃です。けっこう楽しかったりします。最初はエーと思ったけど…。
2001年1月20日
今日はコンクールの地区予選。(ACFの全仏)どうなることやら。
今日は地区予選が終わったら、ブルゴーニュの田舎のジュリーの家にそのまま行って泊まってきます。
結果は次ぎの手紙を楽しみにしておいて下さい。
2001年1月21日
コンクールの結果、89点でした。オナーの部、1位通過でした。
あと1点で大きなカップが去年と同じように貰えたのに残念。
2001年1月30日
コンクールも終わったので気分転換にスタンダードベースの曲をはじめました。
しかもガリアノ、ボサノバです。やっぱりこういう曲の方が楽しい。
2001年2月3日
風邪でもひいたんかな、熱が出てきました。
土曜日なので、食堂は休み。自分で御飯を作る日なのです。
この前、パリに出た時、中華街で買ったトーフミックス(ハウス食品)を使って豆腐作りに挑戦(熱が出てんのに…)
説明書は日本語、中国語、英語、フランス語が書いてある。泡立て器で混ぜるなんて書いてあるけど、そんなもん可奈子さんは持っとらんわ仕方なしにフォーク2本とお箸2本を使って混ぜました。
出来あがりは柔らかすぎてフニャフニャ、でも味噌汁の中に入れて食べたらまあまあやったわ。
日本の豆腐食べた〜い。
2001年2月11日
夕方から柔道大会に行ってきました。そこで書道のお手伝い、フランス人の名前を墨で書いてあげてきました。
慣れない事で疲れました。
2001年2月13日
柔道の人達が出張所へやって来ました。
現役の選手ではなくて、コーチとかばっかり。
可奈子は全然知らなくて、とりあえず「写真!」とか言って、撮ってみたものの、そのあとで「あの人誰?」って聞いたら、みんなに「知らんと写真撮ったんか、あの人は平成の何ちゃら(もう忘れた)って有名やねんで」と馬鹿にされました。
だって柔道なんか柔ちゃんしか知らんもんね
夜、柔道の人達に演奏を3曲聞いてもらいました。
2001年2月20日
久しぶりにパリへ行きました。
オペラ座周辺は日本人ばっかり。日本にいるような錯覚をしてしまうほど。
フランス人より日本人の方が多かった。
本屋さんとかあちこちブラブラしてたら、途中で迷子になってしもうた(2年もパリにいたのに相変わらずの方向音痴で…)日本人の人に道を教えてもらった(馬鹿みたい)
今週いっぱいまだ学校は休みです。
2001年2月28日
2月も最後の日です。今日の朝、窓を開けると真っ白。ラホッドはまだまだ寒い日が続きます。
バカンス明けはなかなかしんどい。身体がなまっとる。しつかりせな。
同居人のジュリーはまだ帰ってきません。おととい電話があったけど…。部屋の掃除も出来て、ついでにベッドも動かして部屋が広く感じます。
2001年3月5日
久しぶりに良い天気。
雪も解けて太陽が当たるとポカポカして暖かいです。春の陽気、いい気分。
散歩もし、練習もかなり集中してやった。
2001年3月6日
今日も暖か。
バルの授業はボレロのアレンジやってんけど、可奈のはフーガみたいで、すごくオリジナルだって言われた。(誉められてるのか分からん?)
2001年3月7日
今日は午前中、ドミ(女の先生)のレッスン。バリエテの新しい曲を貰いました。
「2en1」っていう曲やねんけど、よく意味が分かりません。ちょっとジャズぽくて短いけどおもしろい曲です。
2001年3月9日
金曜日、今日は昼から週末の買出し。ナタリーとソヒィーとクロードと一緒に。
明日は久々に恒例のカレーを作るつもりなのれす。
2001年3月12日
2週間ぶりに同居人のジュリーが戻ってきた。
おらんかったら静かで物足りん気がするけど、帰ってくるとうるさいわ。可奈も日本に帰ると家で言われてそうや。
まあ17歳やもん、子供ちゃんなのさ。
2001年3月18日
しばらく日記が飛んでます。というのも同居人ジュリーが帰って来てから、彼女は10時半に寝てしまうので(しかも電気消して)可奈も寝ざるを得なくて、夜何も出来ません。
2001年3月22日
ジュリーと大喧嘩。可奈は怒っているのだ。ぷんぷんぷん!
でも私の方が年上だから仲直りしました。
夕方、デルフィンヌとボーへ買物。
明日明後日の土日はてりやきチキンをする予定。ほうれん草も買って来ました。
2001年3月25日
日曜日、今日からサマータイム。今日は1時間少ないです。
1日23時間、ちょっと軽い時差ボケみたいな感じ。
2001年3月30日
久しぶりにパリへ行くのだ。
今日はマリーローと会うのだ。マリーローというのは去年まで同じ学校の隣人だった子です。
一緒に明日、音楽サロンに行くつもりです。
2001年3月31日
今日は結局サロンには行かなかった。それで伊藤浩子さん家に行ってきました。
その後、パリでショッピングといっても、結局ケチケチ可奈子さんはウインドーショッピングでした。
2001年4月1日
昨日、伊藤浩子さんから招待券をもらったので、サロンへ来ました。お蔭で50フラン払わずに済みました。へっへっへ。
でも今年はそんなに凄くなかった。去年はアコーディオンがメインだったからキャバニョロ、ピエルマリア、ホーナーといろんなメーカーが来てたけど、今年はたった二つ。パイプオルガンの作りとか間近で見て、結構面白かったけどね。
2001年4月2日
ラホッドに戻ってきました。何日か前に雪がフッタのが嘘のような暖かさです。
カリンヌが駅まで迎えに来てくれました。有り難いです。
2001年4月3日
留学生活もあと3ヶ月あまりとなると、1日が過ぎてしまうのがあっという間です。
来週からバカンス、フランス人は休みすぎやぞ!可奈さんはボワイヤージュ(旅)にでも出るかな〜とか思ったりして
2001年4月6日
今日から4月の2週間のバカンス。
夕方、ジュリー(同居人)のお母さんが車で迎えに来てくれた。約5時間の道程の末、ジュリーの家へ。
途中、ヴィッシーっていう町に寄ったけど、晩ご飯は近くのピザ屋。そこの店のお兄さん、何と!日本語勉強中だというではないか。
早速嬉しさのあまり、ペラペラ(当たり前やけど)日本語で話してみたら、「まだ2年目で週に1回、日本人の先生の所に行ってるだけだから、ほんのちょっとしか分からない」とフランス語で返ってきた。
何だ〜、残念、ぷぃんぷぃん。
その人は空手だったか柔道だったかをやってるらしくて技に日本語が多いから、もっと深く理解するために勉強してるのだとさ。日本にいつか行きたいと言ってた、ほ〜。
2001年4月10日
ジュリーのアコーディオンの先生の所へ。
ちょっと聞いて貰った。
7月に日本へ帰るって言ったら、今帰ったら勿体無いって言われたけど、仕方ね〜べえ。
それでもこれからも定期的に充電に来ると思うけどね。
そのあと、シャロンっていう町でジュリーと買物、今日は10フラン(200円弱)のカバンをお買上げ。
あと、お箸が売ってあったので、買って帰って、夜、ジュリーの両親と妹と一緒に大笑い、みんなうまく使えないもん、ひゃっはっは。
2001年4月13日
文化協会でダンスの公演があったので、行ってきた。可奈子さんは顔パスなのよ。
モダンダンス、難しくて訳わかんない、何か生卵割ったり、しかも体にぶっつけて…顔の表情がすごい、怖かった。
2001年4月16日
今日は映画を見に行ってきた。今あの「リング」がフランスで公開中。
日本でやってたのは、もう3、4年前やんな。私ビデオでは見たけど、「日本語やし楽ちんやから」と思い、行ってきました。フランスは映画は安いのです、大人料金800円位です。
やっぱ怖かった、「さだこ」だ〜。
2001年4月29日
バカンスも終わり、ラホッドに戻ってきて初めての日曜日。何もすることない、ことはないねんけど。
練習して、寝て、食べて、…。だって雨やもん。
2001年4月30日
月曜日はいつも授業ないんだけど、今週は人が少ないか知らんけど、ソルフェージュとハーモニーと個人レッスンがあって、疲れました。
自分の練習が出来ると思っていたのに…。
2001年5月7日
先週の月曜日に続いて今週の月曜日も授業があった。
今月の25日にあるコンクールの曲、何回か変えたので、まだ楽譜貰って3週間しか経ってへん。3週間しかないのに間に合うんかしら。
2001年5月10日
今日も昨日に続いてフランク先生の特別レッスン。コンクールの曲はフランク先生の作曲の曲やから。
多少は気にしてくれてんのかなあ。
2001年5月14日
クリゲンタールの世界大会に出場した人が学校に戻ってきた。
今日から全仏のコンクールに向かって学内での模擬コンクールが始まった。
1日に2回、緊張するから疲れるのよね〜。
コンクールまであと10日、ひゃ〜。
2001年5月17日
今日、ロマン先生(ロシア人)のレッスンがあった。コンクールの曲なかなかいいと誉められた。
可奈子の練習ぶりに満足だそうです。で、何でか知らんねんけど、急に「可奈子は近くにある湖に行ったことあるか」と聞かれた。
「ないよ、どこにあるのかも知らんわ」と答えたら「嘘やろ!」と言われた。そんなに驚くことは無いと思っていたら、お昼ご飯の後、一緒に行くことになった。
「鳥のさえずりのが聞こえるか?」「水の流れを見ろ!」などなど楽しい1時間でした。
日本にはこういう景色はないだろうから、しっかりと見ておくように。
音楽をする者はこういう感性が大事だと言われた。
ロマン先生は芸術家肌なんだよね。
2001年5月23日
明日が祝日で休みなので、25日のコンクールに備えて今日からパリへ出ます。
パリへ出る前にちょっとクレルモンフェランでブラブラ。というのもカリンヌがクレルモンフェランの出身だって。
それで案内をして上げるということになりました。
ここは黒い街と呼ばれているらしくて、本当に教会も黒いし、街の建物も黒っぽいです。
2001年5月25日
名誉級のコンクール。朝からいつものように緊張のしまくり。
自分で納得いくだけの練習が出来へんかったから、満足いく演奏じゃなかった。でも結果はカップを貰いました。
嬉しい事は嬉しいかったけど、とりあえずホッという感じです。
あやや。もう6月や。早いのう。
学校もあと3週間で終わり。そのあと一ヶ月弱で日本へ。
4年間の留学の間に4回しか日本へ帰ってないので、私しゃ浦島太郎みたいなもんだね。
帰ったら恐いのぉ。
2001年6月4日
今日もまた祝日、ほんまに休みが多いわ。すっごく天気が良かったのでセリーヌと車で10分くらいのところにある湖へ。そこには15世紀に立てられたバル城というお城があって、とても雰囲気が良かったです。
太陽を浴びながら2時間もお喋りしてしまいました。ちょっと日焼けして白ブタが茶ブタになってしまった。
2001年7月6日
加藤可奈子、4年間の留学の締めくくりに、というか、自分へのご褒美(何の?)として少しだけ、旅行してまいりました。イタリア4泊5日。
イタリアで一番の思い出といえば...やっぱりピザがおいしかった!!!(食べることばっか・・)
ミラノ・パルマ(最近、中田が移籍したんだよね)それからフィレンツェ。
宿泊は、ユースホステルであまり快適とは言えなかったけど、ユースは色んな国の若者たちで溢れてるから、
なんかおもしろくって結構好きだったりする。
今回は、日本語の流暢な香港人とお友達に。
2001年7月21日
次はベルギーオランダ4泊5日。
イタリアはまだ、案外フランス語通じるからいいねんけど、大変だったのはベルギー、オランダの5日間やね。
うちのねぇちゃん<たまごん>との2人旅。
2人共英語が話せねぇ!!!
しかし、私加藤可奈子、「どうにかなるやろ〜」が!!! 甘かった・・・・・
まぁ、ベルギーはフランス語通じるって事やし、問題はオランダのみ。と構えてた我々に驚きの事実。
ブリュッセルは余裕でフランス語オッケーだったのに対し、そこから電車で向かったアントワープ(電車で40分弱)は、道行く人にフランス語で道を尋ねても、訳の分からない言葉を浴びせられた。
頭の中は??? 実は、ここの言葉はフラマン語と言って、オランダ語の方言だったのら・・・
ここ、アントワープに来たのは、そう。何をかくそう、ここは、『フランダースの犬』の舞台となった町なのだ。
加藤姉妹は、ただネロとパトラッシュの像が見たいがために、ここまでやってきたのであった。
しかし!!やっとの思いで、たどり着いた銅像を見て・・・・・・・
開いた口が塞がらないとはこのことか!ちっちゃい!ちっちゃい!ちっちゃい!
なぜなら、この『フランダースの犬』日本でこそ、ここまで有名な話だが、地元アントワープでは「何?それ何の話?」状態なのであった。
この銅像はあまりに多くの日本人観光客が、ネロとパトラッシュの足跡について質問したため、「じゃぁ、一応、像でも建てとくか」ってな感じで作られたよう。
あーあ。あんなに楽しみにしてたのに。
オランダでは頭の片隅に消えていた英語を、引っ張り出してみるものの、・・・・・。
日本に帰ったら英会話始める!と心に誓ったことが、オランダ旅行一番の収穫であった。今回の旅行は本当に珍道中で、その話1つ1つを書き出すと、とてつもないことになるのでこの辺で。
あっという間の4年間。皆様長い間、この留学豆日記にお付き合いくださいまして、有難うございました。
とりあえず、私の留学は終了ということで、この日記も終了させていただきます。
私はこの22日に帰国しまして、これから日本でぼちぼちと活動していくつもりです。
応援よろしくお願いします。
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